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小谷城へ行こう!古城探検第十四弾・最終回

前回は小谷のおのじもでてきませんでしたが、今回はいよいよ小谷城攻略です。

 

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途中このような広場によって小谷城の情報を収集します。

 

本を買いました。

 

 

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これが新しい小谷城絵図になります。

 

クマ出没!とあります。

 

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番所の入り口まで車で行くことができます。

 

比高差は約230mですのでそれほどありませんが、尾根が非常に長いので大変時間がかかってしまいます。

そのため車でいけるので楽ですね。

 

 

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番所跡地であり、この曲輪郡の最初の位置になります。ここに何らかの構築物があったと思われます。

 

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ここからしばらく山道を歩いていきます。

 

 

 

 

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前方に虎御前山があります。

ここが織田軍の本陣あとになります。

 

右手前が山崎丸、もっと手前が福寿丸となります。

右かなり奥に、山本山城跡があります。

 

琵琶湖も見え、竹生島が見えます。

 

当時はこの虎御前山に織田軍の三万の大軍が布陣していました。

山本山城も調略により浅井家を裏切りました。

 

この山崎丸、福寿丸も落ち、遂には尾根伝いの大獄城が敵の手に落ちたことで全軍に動揺が走ったということです。

 

真綿を締めるようにして登ってくる敵をこの地から見た浅井長政公はどのような想いだったのでしょうか?

いまからは想像することしかできません。

 

 

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御茶屋跡です。

 

その名前と異なり、物々しい構築物があったとされています。

 

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この図で行くと一番下の横に広がる広場=曲輪がこの御茶屋跡になります。やはりこの図のとおり、見張台があったと考えるのが妥当でしょう。

 

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馬洗場です。

 

馬洗とはいえ、戦時中は五千もの兵がここに立てこもったわけで、水の供給が優先されます。

したがって水をためておく場所だったと考えるのが妥当だと想います。

 

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御馬屋跡です。かなり広い台地で左手には大きな土塁が築かれています。

その土塁が左手の大手方面からの敵の侵入を阻むものなのか、それとも清水谷方面からの敵を阻むものなのか、わかりませんが、

ここが重要な場所だったということは変わりありません。

 

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裏切り者の今井秀信の首を晒したと言われる首据岩です。

 

 

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見晴らしの良い桜馬場から虎御前山、長浜、彦根を望む。

 

当時織田信長はここに巨大な堤防を築き、南近江に入れないようにしていました。

つまり経済封鎖です。

 

ここを遮断されたことにより、経済的に疲弊し、滅亡を早めたことは言うまでもありません。

ここから徐々に北上してくる織田軍と予想に反して裏切りが出て落ちていく支城を眺めて為す術もない浅井軍の想いを空想するとき、よの無常を感じます。

 

 

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千畳敷とよばれる小谷城最大の平地です。

 

ここには束石が存在することを母が発見しました。

 

ここがやんごとなき身分の方の住まいだったことは間違いありません。

 

本丸の石垣が前方に見えます。

 

 

 

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本丸に着きました。

駐車場から徒歩二十分といったところでしょうか?

 

城域にはいってからここまで二十分もかかるのはそれほど規模が大きいということです。

 

 

この小谷城がどういう城であったのか、背景をみる必要があります。

 

もともと浅井家は

六角の属国的な立場でありましたが、浅井長政の代に父久政を隠居させ、

朝倉80万石の後ろ盾のもと、数々の戦に勝利し独立国家として名をなしました。

 

一方、美濃につづいて北伊勢まで攻略した織田信長は濃尾平野の大穀倉地帯を抑え、その国力、経済力を背景に一大大名として名をあげていた新興勢力です。

続いて目をつけたのが当然、この近江であり、徳川家康のような忠実な同盟軍を欲するとともに、京までのルートを確保する必要があったのです。

 

そして妹であるお市の方との婚儀により浅井と織田は同盟を結びました。浅井はその後も

伊勢攻略などに参陣し、活躍しました。

しかし信長が突然浅井の同盟国でもある朝倉家に進撃し、金ヶ崎城を落としたことで

浅井久政を中心とする家中の反織田勢力の声に抗うことができず、結果として織田軍を挟撃する形となりました。

 

これが世に名高い”金ヶ崎の退き口”です。

 

しかし朝倉の追撃の鈍さや、木下藤吉郎(後の秀吉)の活躍もあり、この千載一遇の好機を取り逃すと逆に竹中半兵衛などの調略により

南近江の磯野員昌など有力武将を調略により切り崩され、質、量共に勝る織田軍に小谷城に追いやられる事になったのでございます。

 

 

この時、織田軍を裏切って朝倉軍につこうとした勢力、つまり長政実父の久政はこの小丸方面にこもっていたと言われています。

 

 

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これが本丸直下、中の丸と本丸を隔てる大堀切です。

 

 

堀切の役割はこの中丸が落ちた際に本丸の防御力を高めたり、するもので、おどろくべきことに尾根全体がスプーンで掬ったように削り取られています。

 

 

豊臣秀吉はこの小谷城攻防戦の立役者と言われていますが、

この中の丸と本丸の間の大堀切を利用し、京極丸に奇襲を仕掛け、本丸と山王丸の勢力を分断させました。

 

難攻不落と呼ばれた小谷城塞ですが、調略により

大獄城が落ち、尾根伝いから攻撃されるにより、その防衛戦を突破されました。

 

 

このころになると織田信長の実妹、お市の方と三姉妹を信長に返し、決死の覚悟で城に籠城します。

 

さらに斜面を通って手薄な京極丸を奇襲され、ここが落ちると少ない戦力がさらに分散させられます。

小谷城絵図_1

京極丸が落ちれば堀切で大きく仕切られている本丸方面の主力守備隊を奪回に向かわせることは不可能に近いです。

 

山王丸を中心とした大獄方面の守備隊はその戦意を挫かれ、大獄城方面、京極丸方面から挟撃の形を取られた浅井久政は小丸で自刃します。

 

やがて本丸を奪われた浅井長政は赤尾屋敷まで退き、ここで自刃します。

 

望まない戦いを強いられ、それでも果敢に戦った浅井長政は

”武士とは命を捨てて名を惜しむものなり”

の言葉通り見事な最期を遂げました。

 

この大要塞でも人心の不和にはかなわなかったということです。

 

 

 

 

本来であればここからさらに

中の丸、京極丸、小丸、山王丸、六坊、そして大獄城と行きたかったのですが、

自分ひとりではないので、ここで撤収をすることになりました。最期のミステリーであるなぜ標高495Mの小谷城ピークを本丸としなかったか?

という件については、登山中の地元のガイドさんに直接聞くことが出来ました。

最初は大獄城しかなかったということです。

曰く大獄城は標高が高すぎ、実務上不便であったこと。が原因のようです。

現在の本丸にも当然なにか構築物があったのでしょうが、浅井家がこれを大改修して現在の形にしたということです。
小谷城攻防戦では5,000もの兵※むしろ農民などが多かったようです。
がここに立てこもったとされています。



 

今回の小谷城は中世山城の完成形とも言える見事な城割を視てそして感じるところがたくさんありました。

 

やはり歴史的背景をもとに自分で歩いて視て、感じることの素晴らしさを感じることができますね。

 

 

 

 

 





第15回山口城に行こうにつづく






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